
高次脳機能障害という後遺障害が残った場合にどういった治療が行なわれるのでしょうか。またどういったお金が支払われるのでしょうか。
今回取り上げるのは交差点で発生した自動車と大型自動二輪車(オートバイ)が衝突した事故です。この事故によりオートバイに乗っていた男性は脳挫傷による高次脳機能障害になってしまいました。相手方の保険会社との裁判の結果、被害者には約1億5千万円の損害が認められました。
目次
高次脳機能障害となった事故の発生状況
関東地方のある県で交通事故が発生しました。
事故現場は片側3車線の信号がある交差点です。自動車は青信号に従い交差点を右折しようとしたところ、対向車線を直進してきたオートバイと衝突。オートバイに乗っていた男性は脳挫傷などの重症を負い病院に搬送されました。
医師による事故直後の診断は下記のとおりでした。
- 脳挫傷
- 左急性硬膜外血腫
- 骨盤骨折
- 右鎖骨骨折
- 右下腿挫創
高次脳機能障害と診断されるまで
被害者は治療のため事故から約3年6カ月もの期間、複数の病院に入通院しました。
高次脳機能障害と診断されたのは事故から数か月経ってからです。高次脳機能障害と診断されるにはさまざまな検査を受ける必要があります。そのため事故から数か月経ってからの診断となるのです。
最終的に治療終了となったのは事故から数えて3年2ヶ月目のことでした。終了時(症状固定ともいいます)に医師が作成した後遺障害診断書には、脳挫傷による高次脳機能障害をはじめとするさまざまな後遺症が記されていました。
後遺障害診断書の具体的な内容は下記のとおりでした。
- 高次脳機能障害による全般的な注意低下
- 人格の変化
- 自発的行動力の低下
- 無気力状態
- 行動の抑制がきかない
- 精神運動速度の遅延
- 前頭葉の機能低下による遂行機能障害
- 軽度の下半身麻痺
- 視野の左半分が見えなくなる左同名性半盲
- 右アキレス腱の反射機能の喪失
つまり被害者は事故の後遺症により通常の社会生活は営めない状態でした。
損害保険料率算出機構に後遺障害等級の申請を行ったところ「別表第一 第2級1号」に認定されました。
高次脳機能障害の賠償に関する問題点
この事故では、被害者の高次脳機能障害がどの程度なのか、そして家族の付き添いが常に必要だったかという点ついて加害者側の保険会社と見解が食い違い、最終的に裁判で争われました。
1.高次脳機能障害がどのくらい重症か?
被害者の男性は事故前は企画営業の仕事に従事し、会社の同僚とも良好な関係でした。
ところが事故による高次脳機能障害のために社会性が低下し無気力になり、部屋に閉じこもるようになってしまいました。リハビリテーションや投薬治療でいくらか改善したものの、情緒が安定せず、家族による声掛けや見守り等がなければ食事をとらず、入浴や着替えもせず、トイレにも行かず、無為に寝ているだけです。
食事、入浴、更衣、排尿・排便等の全ての生活場面において家族の介助が必要で、たとえ簡単な仕事だとしても就業するのはとうてい無理という状況でした。
しかし加害者側の保険会社は、リハビリテーション中のテスト結果の一部や服薬治療の効果を根拠として被害者の高次脳機能障害は「単純作業であれば就労が可能な程度」という見解でした。
後遺障害等級は別表第二第5級2号に該当するにとどまり、他の後遺障害と併せても併合4級であって、労働能力喪失率は92%にとどまると主張したのです。
別表第二 第5級2号 | 神経系統の機能又は精神に障害を残し、特に軽易な労務以外に労務に服することができないもの |
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被害者側の弁護士は男性が入通院した各病院の診断資料と損害保険料率算出機構が発行した後遺障害認定資料を提出したうえで、実際の男性の病状を説明してこれに対抗しました。
その結果、裁判官は被害者側の主張を認め、被害者男性は別表第二第2級1号という重い後遺障害等級であり、就労不能(労働能力喪失率100%)であることが確認されました。これにともない後遺障害慰謝料は2800万円、将来の労働能力を失ったことに対する逸失利益は4965万円とされました。
別表第一 第2級1号 | 神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、随時介護を要するもの |
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2.家族による付き添いは必要だったか?
被害者のご家族は280日以上に及ぶ入院期間を通して患者に付き添いましたが、この費用についても争点となりました。
加害者側は病院は 患者の世話を一手に引き受ける「完全看護」であり「医師が近親者に対し付添看護の指示をしたとは認められない」とし、仮に付添看護が必要としても日額2,000円程度だと主張したのです。
しかし実際のところ、ご家族が同席しない場面では、被害者は病院職員に暴力を振るったり、リハビリや食事、服薬を拒否することが多く、ご家族による付き添いなしでは入院生活を送れない状態でした。いずれも事故による高次脳機能障害の症状です。弁護士はこの事実を裏付ける資料を提出してこれに対抗しました。
裁判では提出された資料から付き添い看護の必要性が認められ、付添看護費は日額6,500円が認められました。入院期間を通しての入院付添看護費は183万円となりました。
3.将来に渡る介護費用は?
今後将来の生活についても介護が必要な場合は将来介護費が被害者に支払われます。加害者側はその必要性は認めたものの、被害者の日常生活が一応自立していると主張し、将来介護費を日額2,000円としました。
しかし裁判では被害者の運動機能が正常であることを考慮しても、生涯を通じて声掛けや見守りなどの介護が必要な状態にあると認定され日額5,000円の将来介護費が認められました。平均余命に基づいて計算された将来介護費の合計は3105万円となりました。
高次脳機能障害に対する最終的な賠償金額
治療にかかった費用や慰謝料を含め、最終的な被害者の損害額として合計1億5千万円近くが認められました。その内訳は以下のとおりです。
項目 | 賠償金額 |
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治療費 | 1662万円 |
入院付添看護費 | 183万円 |
入院付添諸費用 | 4万円 |
通院付添費 | 31万円 |
入院雑費 | 42万円 |
交通費 | 7万円 |
休業損害 | 1217万円 |
入通院慰謝料 | 376万円 |
逸失利益 | 4965万円 |
後遺症慰謝料 | 2800万円 |
将来介護費 | 3105万円 |
成年後見人報酬 | 411万円 |
合計 | 1億4810万円 |
なお、この事故では自動車を運転していた加害者には直進車両の後を走行していたオートバイの確認を怠っていた過失がありましたが、オートバイに乗っていた被害者にも対向自動車の確認を怠り、速度超過していた過失が認められました。このことにより8対2の過失割合が裁判で認定されました。実際に支払われる賠償金はこの過失割合が相殺されたものとなります。
弁護士に依頼するメリット
この事例では最終的に裁判を行うことになりましたが、実際には裁判までいかずに相手方の保険会社との示談交渉で解決となるケースが交通事故では多く見られます。そうした場合でも直接交渉するのではなく、弁護士に交渉を依頼することで被害者の方には大きなメリットがあります。
1.保険会社との交渉から解放される
保険会社との交渉は治療中から長期間にわたるので、ご家族の負担は大変なものです。保険会社は少しでも支払額を少なくしたいので、ご家族には相当のプレッシャーがかかります。弁護士が保険会社との交渉にあたることで、長期間にわたるプレッシャーから解放されます。
2.将来の不安から解放される
保険金は事故直後に支払われるわけではありません。最終的に支払われるまで数年を要することもあります。滅多にない出来事なので、プロセスや事前準備などで迷われることがたくさんあると思います。
弁護士は最終的な示談に向けてご家族に寄り添います。支払われる保険金や慰謝料を最大化していきます。
3.弁護士費用を支払う以上のメリット
交通事故で重い高次脳機能障害になると、介護が必要になりご家族にも多大な負担がかかります。被害者本人だけでなく、ご家族の生活費も考えなくてはなりません。先々のことまで想定した損害額を交渉するのはやはり交通事故に関する経験がものをいいます。
高次脳機能障害などの重い後遺障害の場合、最終的な示談額は保険会社に任せるのと弁護士に相談するのとでは億単位の差が出る可能性があります。信頼できる弁護士に依頼することで、弁護士費用として支払う金額以上のメリットをご家族にもたらすということを、ぜひ知っておいてください。
※本事例は、東京地方裁判所平成29年4月13日判決の事例をもとに構成されたものです。本事例は本事務所により提訴された事件とは異なっています。特定を避けるため、実際の事例とは若干異なった数値、記載をしています。あらかじめご了承ください。