
今回取り上げるのは交通事故による脊髄損傷(せきずいそんしょう)で四肢麻痺(ししまひ)の後遺症を負った事例です。
この事故により、被害者は脊髄を損傷し、両手両足を動かすことができない四肢麻痺の後遺症となりました。裁判の結果、被害者には1億6千万円を超える損害が認められました。
目次
脊髄損傷による四肢麻痺となった事故の発生状況
事故現場は郊外にある交差点です。加害者が運転する自動車は赤信号を無視して交差点に突入、青信号に従って走行していた被害者である20代女性の運転する自動車と衝突しました。重症を負った被害者はすぐに病院に搬送されました。
医師による事故直後の診断は以下のとおりでした。
・頚髄損傷による四肢麻痺および呼吸筋麻痺
頸髄(けいずい)、つまり首から背骨の中を通る神経の束である脊髄(せきずい)の最も脳に近い部分にダメージを追ったことにより、両手両足の運動神経が麻痺して動かせなくなり、加えて胸部や腹部などの呼吸するための筋肉にも麻痺が生じていました。
脊髄損傷による四肢麻痺となった事故後の経過
事故後、被害者の女性は治療のため1年以上にわたって3箇所の病院に入院しました。しかしその後、これ以上治療を続けても症状の改善が見られないと判断されて症状固定となりました。症状固定時の診断書には以下のとおり記載されました。
・頚髄損傷による四肢麻痺により、日常生活はほぼ全介助の状態
つまり自力では日常生活が送れなくなり、今後は常に介護が必要な状態と判断されたことになります。 症状の悪化を防ぐため、これからもリハビリや治療を継続しなければなりません。
損害保険料率算出機構に後遺障害等級の申請を行ったところ「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」として最上位の後遺障害等級である「別表第一の第1級1号」に認められました。
脊髄損傷の後遺障害に対する賠償額
この事故の賠償については最終的に裁判が行なわれました。後遺障害1級となった被害者に対して裁判官が認めた賠償額は以下のとおりです。
項目 | 賠償額 |
---|---|
治療費 | 2057万円 |
付添費 | 349万円 |
入院雑費 | 80万円 |
転医関係費用 | 23万円 |
コルセット代金 | 2万7千円 |
休業損害 | 66万円 |
逸失利益 | 5164万円 |
入院慰謝料 | 150万円 |
後遺障害慰謝料 | 2800万円 |
将来治療費 | 450万円 |
将来介護費 | 4450万円 |
将来雑費 | 1027万円 |
計 | 1億6618万円 |
脊髄損傷による四肢麻痺となった事故の賠償を解説
この事故では被害者が四肢麻痺という重い後遺障害になり常に介護が必要な状態となったため、1億6千万円を超える賠償額が認められました。上記のとおりたくさんの項目がありますが、ポイントとなるのは慰謝料、逸失利益、将来介護費です。
1級1号の後遺障害慰謝料はどの程度になるか?
後遺障害に対する慰謝料については後遺障害等級によっておおよその金額が決まっています。後遺障害1級の場合、自賠責保険の基準では後遺障害慰謝料は1600万円です。しかし裁判をした場合や弁護士が示談交渉した場合は弁護士基準となり2800万円となります。(弁護士基準についはこちらの記事をご覧ください)
今回のケースでも後遺障害慰謝料は2800万円が認められました。
なお入院や治療をしなければならなかったことに対する入院慰謝料は入院した日数によって決まります。本件については289日間の入院ということで150万円の入院慰謝料が認められました。
四肢麻痺で働けなくなった将来の補償は?
被害者は脊髄損傷による四肢麻痺になり、当然のことながら働くことはできません。交通事故の賠償では被害者が今後働けなくなった分の補償である「逸失利益」の計算が重要となります。
今回の事故の被害者は26歳の女性ですが、第1級の後遺障害となっため労働能力喪失率は100%。すなわち今後は全く働くことができないと考えられます。一般的には67歳まで就労が可能とされるので、41年分の収入を失ったことになります。したがって年収額の41年分が逸失利益となります。
基準となる年収額を決めるためには厚生労働省が発行する「賃金センサス」という統計が使われます。本件では女性の全年齢平均賃金をもとに、被害者の年収額 は298万円とされました。
しかし単純に298万円の41年分が支払われるわけではありません。そこから将来の利息分を差し引き、5164万円の逸失利益が認められました。
※将来の利息分の計算には「ライプニッツ係数」と呼ばれる係数が使われます。逸失利益などの賠償金は一年ごとではく一括で支払われるので、この金額を運用すれば利息がつきます。加害者と被害者の公平性を保つためこの利息分を元の金額から引いておくことになっています。厳密に将来の利息を計算するのは難しいので法律で定めた係数を使って計算することになっています。
将来の介護費はどの程度認められるのか?
今回の事故では被害者は四肢麻痺となり、症状固定後も日々の生活に介護が必要な状態となってしまいました。被害者のご家族は仕事をやめて介護をすることも考えなくてはなりません。今後の生活を考えると将来介護費の金額はとても重要になります。
裁判では被害者女性には家族による介護、もしくは介護士などの職業付添人による介護が終身必要と判断され、介護費として1日6500円、年額237万円が認められました。当時の女性の平均寿命から被害者の年齢を引いた平均余命は約60年になります。237万円の60年分からライプニッツ係数により将来の利息分を差し引いた将来介護費の合計は4450万円となりました。
重い後遺障害の被害者に寄り添う弁護士の役割

今回の事例では裁判で争うことになり、当然のことながら弁護士が被害者の方の弁護のため法廷に立ちました。ただし実際の交通事故では相手方の保険会社との示談で解決することの方が多くなります。そうした場合も含め、被害者の方にとっての弁護士の役割とはどんなものでしょう?
保険会社との交渉を代行
保険会社との交渉は治療中から断続的に続き、被害者のご家族にかかるプレッシャーは相当なものがあります。また、保険会社は支払い金額を少しでも下げたいので、交渉は厳しく難しくなります。弁護士が交渉を引き受けることで、被害者やご家族が直接保険会社から連絡を受けることは一切無くなり、プレッシャーから解放されます。
将来の不安要素を軽減
当面の治療費以外の保険金は事故直後に支払われるものではありません。長期にわたる治療の後に保険会社との交渉を経てやっと支払われます。ですから保険金を受け取るまでに数年を要する事例も珍しくありません。当面の生活費や将来について大多数の方が不安を感じるのではないでしょうか。
弁護士が入ることで最終的な示談や裁判までのサポートをするだけではなく、これまでの経験から支払われる保険金や慰謝料の見通しを立てることができます。これにより被害者やご家族の将来についての不安が大きく軽減されます。
弁護士基準で金額交渉
重い後遺障害が残る事故の場合は、慰謝料はもちろん将来の介護費用や逸失利益の金額も含めて、支払われる保険金の金額はとても大きなものになります。事故によって受けた苦痛を消し去ることはできませんが、正当な損害額を勝ち取ることは被害者やご家族にとって重要なことであり、正当な権利でもあります。
ただし、弁護士が交渉をすることではじめて保険会社は正当な金額を支払うというのも事実です。弁護士を入れて弁護士基準で交渉した場合と、相手の保険会社にすべて任せた場合では、最終的に受け取る金額に億単位の差が出るケースがあることは、ぜひ知っておいてください。
被害者とご家族に寄り添い、その苦しみを少しでも軽減するため徹底的に交渉する。それが私たち弁護士の役割だと考えています。
※本事例は、ある判決の事例をもとに構成されたものです。本事例は本事務所により提訴された事件とは異なっています。特定を避けるため、実際の事例とは若干異なった数値、記載をしています。あらかじめご了承ください。